罪悪感の向こう側
ここ数日「罪悪感」を感じることが多いです。
まず、このご時世にテニスをしていることへの罪悪感。
自粛している人もいるのに、続々とテニスできる場所は閉まっているのに
まだテニスができる場所を必死になって探している自分は
「外出を控えて」と都知事に呼びかけられていることの趣旨・目的よりも
「三密じゃないし、軽度の運動はOKって言われているし、そもそもゴルフ練習場がNGでないから
テニスもNGじゃないよね・・・」と考えて
要請の抜け穴をくくぐって屁理屈をこねて自分の欲を満たそうとする
いわゆる模範的な行動を取る「良い都民」では無いことへの罪悪感です。
もう一つは、これまたテニスに関することですが
先日テニスをご一緒した人が、共通のテニスの知り合いと今も仲良くしていると聞き
私はその知り合いとは距離を取り始めたので
「ああ、この人はまだあの人と仲良くしているのに、アタシは距離を取った・・・」
「別にその知り合いさんが何かした訳でも無いのに・・・」
「アタシって、冷たいヤツなのかな・・・」
そんな罪悪感を感じました。
どっちもテニス絡みの罪悪感なので、逆説的ではありますが
「どれだけアタシはテニスが好きなんだろうか?」と改めて思います笑
そして「アタシは一体テニスを通じて何をしたいのだろう?」とも思います。
以前には、テニスを通じて人と交流することを大事にしていた時期がありました。
同じスクールのみんなと月1で居酒屋に行くのが楽しかった時期もありましたし、
特に試合に出始めた3年前は、一緒に試合に出てくれる人を探していて
あまり社交的で無い自分にとってはかなり背伸びをしながら、いろんな人と交流していました。
でも、1年半前に起きたある出来事がきっかけとなり
「アタシが今本当にしなきゃいけないのは、テニスの実力を上げることだ」
と気づきました。
そのテンションが今日まで続いている感じです。
今、自分のテニスの実力を上げることに役立つ場所や人とは関わりたいですが
そうでない人たちとはあまり関わりたいと思っていないですし
テニスの知り合いをお酒を飲むよりも、週末のテニスに備えて家でコンディションを整えたい。
・・・そう思っている自分がいます。
「アタシって、冷たいよなー」と自分でも思います。
でも、これがアタシだから仕方ないか・・・。
罪悪感の向こう側に待っていたのは、単なる開き直りだったようです苦笑
でも、でも・・・(今日は「でも」が多いな笑)
テニスの実力を上げたいのも、単に自分のためだけじゃなくて
それを通じて、テニスを楽しめる相手の幅が広がったり
プロの試合を味わう視点がより多くなったり、その偉大さを改めて感じたり
(初心者だった頃より、むしろ実力が上がった今の方がプロのすごさを実感します)
やっぱり人と何らかの形で関わりたいからですけどね。
そもそもテニスって競技自体、1人では成立しないので。
ラリーすること自体が相手との対話ですよね。
もちろん、自分自身との対話でもありますが。
・・・罪悪感の話から、テニスの哲学みたいな話になっちゃいましたが笑
私の罪悪感の向こう側には、「開き直り」と「人と関わっていきたい希望」という
一見矛盾した願望があるみたいです。
この辺りは、また考えが整理できたら書かせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
素敵な日曜日の午後を。